1:2015/06/15(月) 13:27:17.12 ID:
98年、テレビ東京「ASAYAN」のつんく♂プロデュース芸能人ユニットオーディションから誕生した女性4人組「太陽とシスコムーン」。
歌えて踊れるユニットとして熱狂的なファンが多かった。
本日登場の信田美帆さん(43)は88年のソウル五輪体操の日本代表であり、その後、同グループのメンバーとして活躍した。今どうしているのか。

「いま、母校の日体大体操部でゆか運動のダンスレッスンや振り付けをしてます。
小学校時代から一緒に体操をやってた瀬尾(京子さん)がコーチに就いてて、その縁もあって。
ロンドン・オリンピックでの田中理恵選手のゆか運動の演技、あの時の振り付けはワタシが担当させていただきました」

渋谷にあるホテルのラウンジで会った信田さん、まずはこういった。

そうか、田中理恵嬢は信田さんの教え子だったのか。
ちなみに、「ゆか運動のダンスレッスン」とはゆか運動にダンス的な要素を取り入れるためのレッスンだそうだ。

「あと、週1回の2、3歳児を対象にした親子体操教室がかれこれ7、8年続き、小学生向けの体操教室にストレッチとダンスと講演会を合わせたイベント、
さらには高齢者向けにロコモティブシンドローム(運動機能の衰え、障害によって要介護リスクが高まる状態)にならないためのロコモ予防運動の指導と、
気づけば幼児からお年寄りまで、あらゆる世代に体操を軸とした運動を教えてることになります」

健康志向が増す一方の時代、引っ張りだこのようだ。

「イベントの集まりは高齢者の方が一番いいですね。寝たきりになりたくない、いつまでも元気でいたいと健康に対する意識が高いからでしょう。
ワタシ、高齢者向けのイベントではアイドル並みにモテモテです、フフフ」

■引退後のフリーター生活から「太陽と~」へ

さて、4歳から体操を始め、86年、史上最年少の14歳で全日本体操選手権で個人総合優勝を果たした信田さんは、88年にはソウル五輪に出場。大学卒業後の95年、現役引退した。

「引退して3年ほどフリーターをしてたんです。恵比寿の駅ビルにあるとんかつの『さぼてん』や、赤坂にあった高速道路関係の団体で電話番やお使いの事務をやってました。
一度、体操からまったく離れたところで生活してみたかったんです。
小学校に通う前から体操、体操でさんざん拘束され、自分の人生を自由に決められる時間が欲しかった。
けど、結局、月曜から金曜の朝9時半から5時半まで脇目も振らず、きっちり働いてました」

その後、25歳の時、読売ジャイアンツのマスコットガールのオーディションを受け、“ファイアーガールズ”として1年活動。
そこからつんく♂プロデュースの「太陽とシスコムーン」(00年の解散時は「T&Cボンバー」)に続いた。
その恩師ともいうべき、つんく♂は今年4月、咽頭がんのため、声帯を摘出したことが話題に。

「一昨年のハロプロ公演にOGとして出させていただいた際、声がガラガラだったので気にはしてたんですが……。
つんく♂さんは歌手になりたいというワタシの昔からの夢をかなえて下さった方。今はただただ、お元気で、と願うしかありません」

都内の自宅に両親と暮らす。

「正直、芸能界での活動が減ったから体操に戻る、っていうのは調子良過ぎるんじゃない、と思った時期もあります。
体操を引退した時に指導者にならないかと誘われ、人に教えることは自分に無理だと思いましたし。
でも、そうしたことをすべて含め、恩返しじゃないけど、今は少しでも体操界にお役に立てたらという気持ちが強いですね。
結婚? もちろん、まだあきらめてませんよ。年齢の上下を問わず、彼氏を募集中。その“年齢の上下を問わず”を大きく書いておいて下さい、フフフ」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150615-00000002-nkgendai-ent
日刊ゲンダイ 6月15日(月)9時26分配信


ロンドン五輪、田中理恵の床運動は信田美帆さんが振り付け


月と太陽 / 太陽とシスコムーン